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写真撮るのが好き。やっぱり青空の下でシャッターを押すと気持ちいい。そんな写真好きの旅日記&フォトエッセーです。見たまま感じたままを絵にしたい。
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1091ef1740f16s1.80iso200raw.jpg小学校の頃、夏休みになると、ラジオ体操は、ほぼ強制的な存在であり、
ラジオ体操をサボったりすると、団体生活の中でダメ人間的な扱いを受ける
風潮があった。

朝の苦手な私にとって、このAM6:30から始まる体操は、その日1日を快適に
過ごすための体操というよりも、眠い目を擦りながらつかなくてはならない
苦行のような存在だった。

皆勤出席することで、ラジオ体操の紙ッペラの日付のついた升目が全て
班長さんの判子で埋まって、初めて最終日にヤクルトが1本貰えるような、異常なほど割の合わない苦行で、それこそ、子供じゃなきゃ、誰も続ける意味がない体操に思えた。


そんな私でも、ラジオ体操に出る時に、それとは別の楽しみも有った。


夏休みの夜明けは早く、目が覚めた時には、お日様は結構上まで登っていて、
近くのお寺の森の中も、それなりに明るくなっていた。

森の中に入り何をするのか?

夜明けと共に、広葉樹の樹液を吸いにきたカブトムシとクワガタを採るのだ。

クヌギの木など、年上の子にカブクワの居る樹を教えられた私たちは
多くの樹を眺めているうちに、どの樹に居そうで、どの樹に居ないというのが
なんとなく判るようになっていった。

当時の採取方法は、樹の幹を片足でキックして、ボトボトと落ちてくる虫たちの位置を
覚えて、拾うという最も簡単な方法が代表的なものだ。

良く考えたら子供の頃のカブクワ採りで都会の子のようなタモ網を持って昆虫採集など
したことがない。
子供の頃の遊びの原則は、『アリもの』で遊ぶということで、道具には頼らないし
道具を持って移動することなど、ほぼなかった。

上の樹を蹴って虫を落とす方法では、虫かごもなく、ビニール袋か、空き缶のようなものを
持ってそれにストックするか、ポピュラーなストック方法は
『服につけて移動する』であった。

カブクワは、服に捕まらせておくと、大概、いい子で家に帰るまで逃げずにジッとしていた。


もうひとつの捕まえ方は、主にクワガタであるが、
樹の股やウロと呼ばれる幹に空いた穴ボコを覗き、狭い隙間に黒い平らな昆虫が見えたら
近くにある木きの枝などを駆使して、虫をほじくり出すという方法で、これも木の枝の
入れる方向を良く考えて入れていかないと、隙間に入っている虫は、より深い隙間の中に
潜っていったり、体を隙間にがっちり広げて取れなくなってしまうので、
場合によっては、一つの穴ぼこに10分20分も執着して虫をほじり出すことだってあった。

子供の頃の虫捕りのルールは、アリものを使っての採集なので、毎日、多くの子供たちが
お寺の所有地である森に通ったが、それでも、一回に何匹も採れるものではなく
獲物である昆虫は一向に減る気配はなかった。

カブトムシはもとより、私の興味の対象は主にクワガタであった。

コクワガタは、やはり体が小さいので、採集品では格下の存在で、
ノコギリクワガタについては大人になってから知ったのだが、幼虫時の栄養の行き届き具合で
角(正確にはアゴ)のカーブの大きさや体の色が違う2種類がいて
当時の私たちはノコギリが小さくギザギザでカーブの少ないタイプをゲンジクワガタと
呼んでいた。
もう一つのタイプは、体もゲンジに比べて大柄で角は大きくカーブしてうねり、
ヘイケクワガタと呼ばれたり、角の形からスイギュウと呼ばれていて、これも人気があった。
同じノコギリクワガタとは思えず、別種だと思っていた。

1084ef1740f16s1.250iso400ra.jpgちなみに、スイギュウによく似た形で頭部の後ろが盛り上がったミヤマクワガタは私たちが遊んでいる場所よりも高地の、やや涼しい場所にしか住んでいないので子供の頃のミヤマは親と一緒に山に虫捕りに行った仲間に現物を見せてもらったことがある位出、一度も捕まえることは出来なかった。

最も人気があるのは、大柄で真っ黒な体が魅力のヒラタクワガタである。
こいつはハサミ(角)の力も強くて、よく手で広げて力比べなどをした。

今思えば、大きなヒラタを捕まえたと思っていたが、2回ほどオオクワガタも捕まえていたようだ。
当時は子供なので、オオクワガタはデカいヒラタクワガタ程度の認識しかなかった。

番外編でハズレをいえば、樹の幹の隙間を一生懸命掘り出してみたらカミキリムシだったり、ペッチンムシと呼ばれる、背中の甲羅の蝶番みたいな部分が強くて仰向けにおくとペッチンと跳ね上がる甲虫だったりしてガックリ来たり(後日、オオハナコメツキと大人になって判明した)酷い場合、ゴキブリだったりした。
黒くて大きなゴキブリは、実は結構森の中にも居たのだ。

目的外ではあるが、捕まえて自慢できるのはタマムシである。
虹色に輝くボディーは、子供心に自然の美というか、信じられない存在であったが
足繁く森に通った割には、今まで生きているタマムシには3回しか出会ったことがない。


そんな森での昆虫採集を終えて、子供会のラジオ体操に集合し、
上級生下級生入り乱れて、その日の収穫を自慢し合ったり、採れた場所などの情報交換をしたり
ラジオ体操が終わると第2ラウンドに突入する者も数多く居た。

小さな子供の私にとって、夏休みは1日がとても長く、夏休みそのものも長いもので
でも、振り返るとあっという間に終わってしまい、8月31日は、宿題と絵日記の帳尻併せで
毎年半泣きの憂鬱な日であった。

 

虫捕りの思い出で言えば、嫌な思い出もある。

近所にキヨハルという2歳下の子が居た。
一人っ子ではないが、遅くなって出来た末っ子の長男で、甘やかされて育ったのか
きかん気で粗暴な子であったが、遊ぶエリアが同じなので、時々、遊びの仲間に加えていた。

ある日の朝。例のごとく森に入って、なかなか見事なヒラタクワガタをゲットした私は
帰り道、たまたまキヨハルの家の前を通り過ぎようとしたら、家の縁側にキヨハルが
居るのを見つけて、採り立てのヒラタを見せびらかすためにキヨハルの家に入った。

 

黒光りする元気なヒラタを見たキヨハルが、案の定、「欲しい、欲しい」と騒ぎ出した。

その声を聞きつけた母親がやってきて私に「この虫をキヨハルにくれないか」と
言ってきたので、私はせっかく苦労して捕まえたのに冗談ではないと首を横に振った。


すると何を思ったのか、母親は奥に引っ込んで、再び戻ってきて
「見せて」と言いながらヒラタを取り上げて、おもむろにヒラタの角を爪切りで
パッチンパッチンと切ってしまった。

 

一瞬、私は何が起こったのか訳が判らなかった。
根元近くで切られたヒラタの角の切り口が白っぽいグレーだったのを
覚えている。


角を切ったあとのキヨハルの母親の、私を見ながらニヤニヤしている顔が
今でも忘れられない。


私は泣きながら帰ったことを覚えている。


余談であるが、キヨハルは長男ということで家業を継いだが、本業である
造園業は上手くいかず、数年前に倒産して近所から居なくなってしまった。

この母親は、当時キヨハルの嫁いびりで、朝の6時くらいから家事を監視に来ていると
近所で評判であったが、私はこの母親の本性を知っているので
さもありなんと思った。

 


話を元に戻して、虫捕りのもう一つの思い出。


これは小学校の5年生の時の話。

当時は、遊びまわり、だらけきった夏休み生活を続けている小学生の気を引き締めるため
登校日なる日があり、夏休みにプールや動物や花壇の世話係以外にも、学校に行かなくては
ならなかった。
面倒ではあったが、登校日にはクラスの全員に会えるのでそれはそれで楽しみだった。

学校が終わり、記憶が定かではないのだが、仲間の5、6人で学校の帰り道を彷徨っていた。
子供の3D認識能力は曖昧なもので、普段通らない道路を歩くと途端に、どこを歩いているのか
判らなくなってしまう。

数人の仲間達と、目的もなく歩いていると、墓石の並んだ十字路に差し掛かった。

墓石を見ると、石に刻まれた文字はなぜか赤く塗られ血のようであった。
それを見た途端、その十字路に生暖かい風が流れ、誰からともなく
「うわあぁぁぁぁぁぁ」と叫んだので、ワケも判らず、皆で走って逃げた。

(後日、大人になって知ったのは、墓石の赤い文字は戦争などで死んだと思われて
墓石を立てたものの、生きて帰ってきた人が生前の間は、文字を赤くしておいたり
信心深い人が生前の間に戒名を貰って墓を立てたりする場合生きているという意味で
字を赤くするとのことであった)


しばらく皆で走り、ハアハアと息も荒く、別の十字路まで逃げた。

目の前には1本の細い木があり、周りは畑のような場所であった。
全く私の知らない、普段通ったことのないところだ。

目の前の太さ15cm程度の細い木を眺めて、友達と呆然とした。


細いその木は、樹液だらけで、その樹液が見えなくなるほどカブトムシとクワガタが
密集してくっついていた。

もう仲間達と夢中でカブトとクワガタを奪い合った。
クワガタもカブトも採れるのは早朝か夕方なのに、こんな真昼間にこれだけ多くの数を見るのも
初めてだったし、こんな細い木に真っ黒に見えるほど多く集まるという光景も異様であった。

樹液の多い、こんな場所ではスズメバチも樹液を吸いにやってきているのだが、
スズメバチは餌の摂取中には多少、邪魔をしても襲ってきたりしないので、私たちは
構わず虫を採り続けた。

 

結局、6人程度の仲間がそれぞれ30~40匹程度のカブクワをゲットできたので、
200匹近いカブクワが樹に群がっていた計算となる。

その場で、思い思いにお互いの虫をトレードして帰った。


カブクワのストックは、例のごとく服にくっつけて帰るという方法だが
当時の私は家の家業の関係で、隣町から通学していたので、バスで帰らなければならなかったのだが
体中を虫だらけにしてバスに乗ったが、乗客にも運転手にも文句など言われず、普通に帰れた。
バス停にして6区間程度だが、やはりのんびりした時代であったといえる。


この大量のカブクワは、当時買ったばかりのカラーテレビのダンボール箱が1m四方の立派なもので
そのダンボール箱に入れて子供部屋に置いて飼う事にした。


その部屋には2段ベッドを置いて弟と寝ていたのだが、消灯した途端、ダンボールをカブクワ達の
鍵爪のある足でガリガリと引っかく音が延々として、なかなか寝付かれなかった。

昼間は、箱を開けて、カブクワ達を引っ張り出して遊び、夜になると箱を閉めて
ガリガリとした音を聞きながら寝ていたのだが、
数日後、消灯して数分後、まだ眠りにつく前に、部屋中にブ~ンと言う音や、硬いものが
何かにぶつかる音がして再び電気をつけると、ダンボールを引っかいて破ったカブクワ達が
数匹脱走して部屋を飛び回っていた。

幾らなんでも数が多すぎて飼育しきれないということで、その時一緒にゲットした
仲間に聞いてみると、似たような状況に彼らも陥り、虫たちを持て余しているようだった。

デパートの屋上のペット屋がカブクワを売っているのを思い出して、そのペット屋に
友達と電話をした。

 

私「あのー。カブクワを採り過ぎたので買って貰えませんか?」

店員「何匹位居ますか?」

私「友達の分も入れれば100匹くらいは居ます。」

店員「チョット待っていて下さい。店長に聞いてみます。」


買ってもらえる話が具体化しそうになり、子供だった私たちは
なんだか、その行為そのものが怖くなって電話を切ってしまった・・・・・。

結局、仲間と相談して、その日のうちに、数匹を残して、カブクワは逃がした。

 

当時のカブクワが目茶目茶採れた樹は、偶然行き着いた場所であり、
その後、仲間達と記憶を頼りに探し回ったが、赤い文字の墓石の十字路も
見つけることが出来ず、やがて季節は秋へと向かい、新しい遊びに夢中になって、
樹の存在そのものも忘れてしまった。


田舎の子供の経験談とはいえ、後にも先にも、それだけカブクワが採れた経験は
一度もないし、今となっては、何故そんな細い樹に、それだけ多くの虫たちが
群がっていたのか、理由の糸口も思い出せない。


遠い昔の懐かしくも楽しい夏休みの思い出だ。(尚。画像は全く関係ありません。)

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カメラで撮影した各地の旅写真などを貼りながら、エッセイや日々の日記などを書いていこうと思っています。BLOGタイトルの青空の下での画像が多いですが、それにこだわらず画像は貼っていきます。(2008,2,16更新)
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